『ライラックと蝶』

2015年当時、ライラックのオープン準備をしていた頃の話です。
店名は決まりましたが、ロゴマークなどのCIデザインが決まらず、私はあれこれ迷っていました。
なかなかいいアイディアが浮かばず、デザイナーの提案するアイディアにもピンとこないまま、とりあえず治療院はオープンさせてしまいました。

そんなある日、治療院の待合室のガラス窓に1頭の蝶々が留まっていました。
近づいてみると名前もわからないその蝶が何となく気になりました。
ネットで調べてみると「アカボシゴマダラ」とありました。
都内ではあまり見かけない種類だそうです。

でも、よくよく見ると可哀そうにその蝶は瀕死の状態でした。
最期の場所にライラックを選んできてくれたのかななんて思っていると、その時、バレエ音楽のサンサーンスの「瀕死の白鳥」が頭の中で流れてきました。
目の前の出来事と記憶の中の音楽がリンクしてなぜだか涙が出てきました。

そして、その蝶を掌に乗せて院内に運び、待合室のソファーに座ってテーブルの上に瀕死の蝶をそっと置きました。
暫くじっと見ていましたが急に眠気に襲われ、一瞬眠りに落ちたようです。
ふと目を開けるとその蝶は「私を見て」と言わんばかりに両羽をいっぱいに開いて、美しい翅脈を私に見せてくれていました。
しかし次の瞬間、一瞬にして再び両翅を閉じて動かなくなってしまいました。
まるで最期の力を振り絞って私にその美しい姿を見せた後、お浄土に飛び立っていったように思えました。
その時「おばあちゃん…」と無意識に声が出ていました。

私の祖母はどこにいても、とにかくひと際目立つ人でした。
肌は博多人形のように色白で、髪は混じりけの無い白髪を、当時は珍しいライラック色に染めていたからです。
その容姿で茶道と華道の教授だった祖母は、それはそれは目立っていたことを、今でも克明に思いだすことができます。

洋服も、着物もどれもセンスが粋すぎで、特にその着物は誰にも着こなすことが出来ない特別な遺品となっていました。
また身の回りの持ち物もとても美しい品物ばかりで、その中でも蝶のモチーフが多かったことをこの時に思い出しました。
「これだ!」
その時、なかなかアイディアが浮かばなかった私に、祖母がご浄土から気付かせてくれたのだなと思いました。

そういえば、どこかで同じようなお話しがあったような気がします。
富屋食堂のホタルの約束です。
特攻隊員の宮川三郎軍曹が、富屋食堂のトメ小母ちゃんに、出撃したらホタルになって帰ってくると約束すると、翌夜にホタルが食堂にすーっと入ってきたというお話です。
私はこのお話しを題材にした舞台公演も観ましたし、鹿児島県知覧の富屋食堂にも出張の際に立ち寄っていました。
私の蝶の体験とどこか似ているようで、そんな記憶がまたリンクしたようでした。

「虫の知らせ」という言葉がありますが、故人が生前大切に思っていた人へのメッセージを、昆虫や小動物に託すという事があるのかもしれません。大切なことは見えないと言いますが、蝶の件はきっと、祖母が私の頭の回転の悪さに業を煮やして、目に見える形で私に手助けをしてくれたのだろうと、今も感謝と共に思い出します。

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